関係論

2001年11月2日
そう。
自分と他人とは違うもので、
相手のことを分かってやろうにも自分じゃないのでなかなか理解してやる事はできない。
自分に当てはめてみたとしても、
そこから考えるのは結局自分な訳で、
それで人を分かってやれたかというと
そんなことまったくないのである。

しかし、だからこそ人の事を考えてやるという事は重要なわけで、
できないから初めからあきらめようというのは
思考を放棄しているに過ぎず、
完全ではなくとも悪あがきくらいしてみるというのはとても大切な事。

もし相手にもこちらを分かってあげようとする気持ちがあるならば、「相手を分かってあげようとする気持ち」は分かるはずだから。

分かる事と分からない事がある。
しかし、それを勘違いして、何もわかろうとしない人間、
また、人を理解する事の重要性にさえ気づいていない人間が多い。

他人を理解できない人間には、自分を理解してもらう権利はない。
そう、自分の事だけを考えて生きる人間は、人にも考えてもらえないわけで。
そして人間は集団で生きる動物なので、そういう人は末路が見えているわけで。

情けは人のためならず、とはよく言ったもので、
やはり自分が幸せになるためには、人も幸せにしてあげなければならない。

そう思うからこそ、自分勝手な人間には愛想が尽きる事もあるわけで、その辺の価値観の格差は大きな障害となる。

自分としては当然だろうという行為をしてもらえないと腹が立つが、それを受け入れないと前には進まない。
だから一般常識のレベルにまで期待を下げて、なるべく相手を受け入れる気持ちはつくるつもりなのだが、一般常識すら無視するような人間とはどうやっても相容れないのである。

だから、どうやっても相容れない人間がいるという事を理解した上で、自分は理解するように努力するのが最善の道だと思う。

とはいっても俺の場合、もうすでにあきらめているのが何人かいるが。

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